TOP > 時効の援用権者

時効の援用権者

民法145条に、「時効は当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない」とあります。
つまり、無関係な第三者が、誰でも自由に援用出来る訳ではありません。
主債務者が、この「当事者」にあたることは、間違いが有りません。
それでは、保証人や連帯債務者、物上保証人(主債務者のために担保を提供した者)、等の場合はどうなるか、という問題があります。

古い判例では、援用権者を「時効によって直接利益を受ける者」とされていました。[大判明43・1・25]

なぜかというと、時効制度には反道徳的な要素があるとされているからです。

例えば、借りたお金は、時間がどれだけ経過しても返すべきであり、消滅時効を援用して支払いを免れるというのは、道徳的ではない、という考え方です。
そうすると、道徳的側面を強く主張する場合は、援用権者の範囲は狭くなり、それを強く主張しない場合は、援用権者の範囲は広くなるということになります。

古い判例は道徳面を強調しているので、援用権者を狭く「直接の当事者」に限っていましたが、その合理性は弱いため、判例は次第に「間接的な当事者」にも援用権を拡張してきました。

消滅時効の第一援用権者は「直接の当事者」

時効の完成によって、“直接的に利益を受ける者”・“直接的に義務を免れる者”は、当然に援用権者です。

連帯債務者、保証人、連帯保証人の援用権

連帯債務者というのは、数人の債務者が、同一の内容の債務について、独立して全責任を負う債務のことをいいます。
この場合、債権者は各債務者に対して、債務の全額を請求をすることができます。
例えば、3人が30万円の連帯債務を負っているとして、もし、何らかの理由で3人のうち1人について消滅時効が完成し、援用したとすると、その1人の負担部分については、他の債務者も義務を免れることができます。
もしも1人10万円の負担割合だとすると、残債務は2人で30万円ではなく、20万円になるので、皆が利益を享受できる、ということになります。
ですから、消滅時効の完成した当事者はもちろん、他の連帯債務者も、直接的に消滅時効の援用ができます。

民法第439条
(連帯債務者の一人についての時効の完成)
連帯債務者の一人のために時効が完成したときは、その連帯債務者の負担部分については、他の連帯債務者も、その義務を免れる。

連帯保証人についても、民法439条が適用されますので、結論は同じになります。
また、単純な保証人の場合についても、判例は「保証人は主債務の時効を援用することができる」としています。[大判昭8・10・13]

物上保証人や抵当不動産の第三取得者の援用権

AさんがBさんからお金を借りるとき、Bさんは担保に提供できる不動産等がないので、Cさん所有の不動産を担保に提供してもらうことがあります。
この場合Aさんが債権者、Bさんが債務者、Cさんが物上保証人ということになります。

抵当不動産の第三取得者とは、すでに抵当権の設定されている不動産を購入、または贈与など、によって譲り受けた人のことをいいます。
お金を借りた本人ではないのですが、抵当権に基づいて不動産が競売にかけられるとその不動産を失うことになります。

上記の物上保証人や第三取得者は、お金を借りた人ではないので、直接当事者はありませんが、お金を借りた人(主債務者)の債務が時効で消滅すれば物上保証人の抵当権はなくなりますし、第三取得者はその不動産を他人にとられる心配がなくなります。
ですから、間接的とはいえ、主債務者が消滅時効を援用しなかったら、物上保証人等が自らその時効を援用して利益を守る必要があります。
よって、判例も、物上保証人や抵当不動産の第三取得者の時効援用権を肯定しています。
[最判昭43・9・26][最判昭48・12・14]

援用権者ではないと否定された例

抵当権の後順位者は、先順位の抵当権の被担保債権についての消滅時効を援用できるかについてですが、この場合、判例では、この後順位の抵当権者が消滅時効によって受ける利益は、あくまで反射的なものであって、直接の権利を有する者では無いとして、援用権を否定しています。
[最判平11・10・21]

消滅時効の援用が信義則に反し、権利の濫用とされた例

父が死亡して、家督相続をした長男Yが、Yと不仲で別居した母に対し、老後の生活の保障と幼い妹らの扶養や婚姻費用にあてる目的で農地を贈与し、その引渡しも済み、母が二十数年にわたって耕作し、子女(Yの妹達)の扶養、婚姻等の諸費用を負担したなどの事実関係の下で、母から農地法3条の許可申請手続に協力をもとめられたYが、その許可申請協力請求権につき消滅時効を援用した事案において、最高裁は、長男Yの行なう時効の援用は、信義則に反し、権利の濫用として許されないと判示しました。
[最判昭51・5・25]